梅野記念絵画館梅野記念絵画館・ふれあい館
芸術むら公園内明神池の畔にある美術館。梅野満雄、梅野隆、父子二代にわたる梅野コレクションの寄贈を受けてできた。収蔵作品は青木繁、古賀春江、江本繁二郎、梅原龍三郎などの作品のほか、あまり知られていない作者の作品も展示されている。1998年開館。
梅野隆
梅野記念絵画館初代館長。不幸にして正当な評価を得られず、時代から忘れられてゆく画家の掘り起こしに情熱を傾けた。なかでも菅野圭介についてはよき理解者となり、作品の収集に力を入れた。父の梅野満雄も青木繁作品の収集家であった。
海野宿海野宿
旧北国街道海野宿は日本の道百選に選ばれ、重要伝統的建造物保存地区にも指定されている。格子窓やうだつに特徴のある建物がおよそ650mの間続いており、道路と平行して水が流れている様は面白い。毎年11月23日には海野宿ふれあい祭りが開催されている。
海野宿歴史民俗資料館海野宿歴史民俗資料館
この建物は江戸時代末の寛政年間(1970年頃)に建てられた旅籠屋造りで、玄関の東側には馬屋がとられ、帳場のあった店の間から表座敷、中座敷、奥座敷と並んでいる。二階は出桁造りで出格子がはまり、壱の間から参の間までの大部屋が続き、旅人達の多くは相部屋で泊まったものです。明治時代に入り宿場の機能が失われてくると共に、このような大部屋を利用して養蚕が始められ、火を炊いて室内を保温したが、その煙出し用の小屋根が大屋根の上に取り付けられた。また裏庭には地下室になっている桑屋等も設けられ、海野宿特有の江戸時代の旅籠屋造りと明治以降の養蚕農家の形式を兼ね備えている。昭和五十九年、関武吉氏から建物は町へ寄贈となり、江戸時代の姿に復元され海野宿歴史民俗資料館として一般に公開されることとなったが、この資料館には次のような品が展示されている。一、古代の海野宿の起こり。二、東信第一の豪族、海野氏の活躍。三、海野宿に関するもの。四、養蚕、蚕種、製糸に関するもの。なお、二階の見学は建物の構造上無理ですので、ご遠慮ください(東御市教育委員会)。海野宿南端の白鳥神社から北へ100mほどのところにある。表には「海野宿資料館」と表示されている。
卯建(うだつ)
卯建には何種類かあるが、海野宿で見られるのは
本卯建袖卯建。卯建は裕福な家でないと出来なかったことから「卯建が上がらぬ」という言葉も作られた。

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