小浅間山写真
標高1,656m。浅間山の寄生火山で、約1万8千年前の噴火で形成された溶岩ドーム。浅間山の東側に小さく盛り上がっており、山容は浅間山と似ている。山頂は見晴らしもよく、好天に恵まれれば簡単に登れることから、登山者も多い。登山口は峰の茶屋注意看板横で、駐車スペースも有。東大地震研究所・浅間火山観測所裏手から始まる雑木林のよく整備された登山道を2〜30分登ると、浅間山への登山道との分岐点に着く。ここから先はガレ場で足を取られるが、15分程で山頂に着く。山頂から少し離れたところに西のピークがあり、こちらからは浅間山が真近に見える。 ⇒ 

小池真理子
東京出身の作家。1952年10月28日生まれ。「妻の女友達」で日本推理作家協会賞、「恋」で直木賞、「欲望」で島清恋愛文学賞、「虹の彼方」で柴田錬三郎賞を受賞した。軽井沢町在住。

公園
追分公園追分中央公園諏訪の森公園長倉公園矢ヶ崎公園湯川ふるさと公園

「高原好日−20世紀の思い出から」
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2008年12月5日に亡くなった加藤周一の随筆集。信濃毎日新聞に連載されていたものを纏めて信濃毎日新聞社が2004年7月に刊行し、その後2009年2月10日に筑摩書房がちくま文庫とした。追分に別荘を持っていた加藤周一の、主として避暑地軽井沢における交遊録。登場人物は堀辰雄夫妻、立原道造、中野好夫、中野重治、福永武彦、中村真一郎、朝吹登水子、野上弥生子、辻邦生、武満徹、丸山眞男、太宰春台、池田満寿夫、岩波茂雄、伊藤整 など。文庫版、251ページ、700円。

高原野菜
軽井沢ではキャベツ、レタス、チンゲン菜、白菜、サニーレタス、グリーンボール等の高原野菜が主に大日向や発地で栽培されている。明治20年代に外国人宣教師がその種子と栽培方法を教えたと伝えられており、現在の近隣の高原野菜栽培の嚆矢となった。

皇后陛下御歌碑
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「かの町の 野にもとめ見し 夕すげの 月の色して 咲きゐたりしが」 皇后陛下が、以前お訪ねになった野でご覧になった有すげの花は月の色をしていた、と軽井沢と夕すげを懐かしんで平成14年にお詠みになった御歌。かの町とは軽井沢町のことで、皇后陛下がこのように軽井沢町を思っていてくださることに感謝申し上げ、平成15年に軽井沢病院の庭に建立した。 ⇒ 文学碑、歌碑、記念碑、記念像、碑

交通安全推進協議会 ⇒ 
軽井沢町交通安全推進協議会

交通安全町民大会
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軽井沢町交通安全推進協議会により毎年11月に軽井沢町中央公民館において開催される交通安全推進のための大会。軽井沢町交通安全推進協議会の総会を兼ねて開催される。交通事故犠牲者への黙祷が捧げられるほか、交通安全寸劇、表彰式等が行われ、交通安全宣言が採択される。

幸福の谷
万平ホテルの裏手に広がる別荘地。軽井沢を代表する風景でもある。

コガラ
軽井沢町内のいろいろな森林に住み、広葉樹の朽ち木に他のカラ類と違って自分で穴を掘り巣を作る。たかくとおる声でヒーフー、ヒーフーとさえずる。地鳴きは、チ、チ、ジージーで、繁殖期はつがいで行動するが、他は時期は混群となる。(シジュウカラ科/留鳥)

国際親善文化観光都市建設法 ⇒ 
軽井沢国際親善文化観光都市建設法

国道18号
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群馬県高崎市から新潟県上越市に至る一般国道。主な経由都市等は安中市、軽井沢町、御代田町、小諸市、上田市、長野市、妙高市。軽井沢町内では、ほぼ中央を上下1斜線で東西に走り、その間はおよそ12km。信号のある交差点は東(高崎方面)から、大賀通り、軽井沢駅入口、新軽井沢、新軽井沢西、南ヶ丘入口、離山、南原、軽井沢中学前、中軽井沢、中軽井沢西、中部小入口、上ノ原、借宿東、借宿、追分、追分宿、浅間サンライン入口。最高地点が追分交差点付近にあり、標高は1,003m(標識あり)。途中中軽井沢交差点で国道146号と交わり、借宿付近で軽井沢バイパスと分岐、合流する。

国道146号
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軽井沢町から群馬県長野原町に至る延長30.2kmの一般国道。中軽井沢交差点(国道18号、中軽井沢駅近く)と長野原町の羽根尾交差点(国道144号、国道145号、国道406号)を結び、軽井沢側は「中軽井沢」「星野」「塩壺」「万山望」「峰の茶屋」を通る。

御巡幸記念碑
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「浅間おろし つよき麓に かへりきて いそしむ田人 たふとくもあるか」 浅間山麓の荒野を一致団結して開墾する大日向地区の人たちの苦難の様をお見舞なされた昭和天皇が、御製を発表されたその感激を永遠に伝えようと開拓民一同がその後20年たった1967(昭和42)年に建てた記念碑。大日向地区の開拓地にあり、そこから浅間山がよく見える。 ⇒ 文学碑、歌碑、記念碑、記念像、碑

御膳水
旧ゴルフ通りの「ホテル鹿島の森」敷地内にある谷の湧水で、雲場川、
雲場池の水源になっている。かつては軽井沢宿の本陣に宿泊する諸大名の御膳水として使われていた。明治11(1878)年9月6日に、明治天皇が軽井沢宿本陣敷地内に新設された御昼行在所で昼食をとられた際にも、御膳水としてこの湧水が選定使用された。湧水の傍らには「明治天皇軽井澤御膳水」と彫られた石柱が建てられている。御膳水があるのは私有地内だが、一般でも散策や休息ができるように維持管理の努力がなされている。

五島茂・美代子夫妻歌碑
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「火の山の 虚空に充てる 秋風の あふるる如く 上に音立つ 茂 うわみず桜の朱實につどう山の鳥 朝食夕食の時定まれり 美代子」 千ヶ滝西区せせらぎの里うわみず桜の木があるが、この歌碑はその下にあり、自然石に夫妻の自筆による二首が刻まれている。この地は、かつて、五島夫妻の別荘が建っていたところ。1976(昭和51)年に門下生が夫妻の金婚式を祝い建立し、その後1995(平成7)年に軽井沢町に寄贈されたとのこと。 ⇒ 文学碑、歌碑、記念碑、記念像、碑

コブシ
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軽井沢に広く自生しているモクレン科の落葉高木で、4月下旬から5月上旬にかけて、直系10cmほどの白い花を咲かせる。平成5年8月1日に、町制施行70周年を記念して軽井沢町の木に制定された。 ⇒ 野草・花・樹木

木もれ陽の里
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軽井沢町民全てが、安心していつまでも健やかに暮らせることを目的に、健康増進と疾病予防の保健と福祉機能を総合的に提供する施設として建設された軽井沢町の保健福祉複合施設。2007(平成19)年3月竣工、4月開館。敷地面積25,845u、建築面積5,528.12u、延面積5,686.54u、鉄筋コンクリート造、2階建、事業費21億9千万円。障害者支援部門(地域活動支援センター、共同作業所、0267-45-8422)、保健予防部門(保健センター、0267-45-8549)、健康増進部門(運動トレーニング室、水中運動室、浴室)、高齢者生活支援部門(デイサービスセンター、ショートステイ、0267-45-8113)、交流多機能部門(コミュニケーションホール、休養娯楽室)、役場保健福祉課・地域包括支援センター(0267-45-3269)、ボランティアセンター(0267-45-8113)を備える。長野県軽井沢町長倉4844番地1。

ゴルフ場
軽井沢町内には、その環境と歴史から、多数のゴルフ場があり、様々な需要に応じることができる。何れのコースも冬季間は休業となる。他にミニ(パター)ゴルフ場、ゴルフ練習場有り。
○軽井沢浅間ゴルフコース、○軽井沢ゴルフ倶楽部、○軽井沢72ゴルフ、○軽井沢プリンスホテルゴルフコース、○旧軽井沢ゴルフクラブ、○随縁軽井沢ナインハンドレッド倶楽部、○晴山ゴルフ場、○中軽井沢カントリークラブ、○馬越ゴルフコース、○三井の森軽井沢カントリー倶楽部、○和美パー3コース

コルリ
軽井沢では、下藪の生い茂った落葉広葉樹林や、混交林に住み、巣は道端の土手などに作る。茂みの中にいることが多く、なかなか姿を見せないが、チッチッチッ・・・と次第に早くなる前奏をつけて、チージョルビルとか、チーシガシガなどとさえずる。(ツグミ科/夏鳥)

近藤翁頌徳碑
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1966(昭和41)年に建てられたもので、鈴木大拙の筆による「山深水寒」という書が彫られている。近藤翁とは近藤友右衛門のことで、碓氷峠見晴台一帯の開発者。 ⇒ 文学碑、歌碑、記念碑、記念像、碑
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